馬耳東風って本当の意味は?語源は何?類語や気象に関係あるかもチェック

いきなりですが最近 
京都で飲み会があり「馬耳東風ってどんな意味だ?
という話になりました。

というのは、
馬の耳に念仏と同じだという人
又、人の意見を聞かない人の事をいうんじゃない。という人
とか
いやいや、元々は聞き耳を馬は立てているから
情報に敏感でありなさいという事だ
という人

色々です。

ダラダラと話のついで下調べもないので、
結論を出すのに悪戦苦闘していました。

飲み会の最中なので、結論は出なかったのですが
かえって気になったので、いろいろと調べてみました。

私としては、人の話を聞かないという事かなと思っていたのですが
色々と新しい発見がありました。

今の3つ挙げた意味が本当なのか、
またほかの意味があったのか
語源は何なのか、

何故東風なのか気象に関係が深いのでしょうか。

西じゃダメなんですか!!(笑)

アツくなってしまいました・・・。

よろしくお願いします。
まずは意味からまいりましょう。

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意味

馬耳東風の意味は、次のようになります。

他人の意見や批評を聞き流して、注意を払わないことの例え。
もとは春風(東風)が馬の耳に吹いていても、人は心地よく感じるが、
馬は、何にも感じないように見える事から。

馬耳とは、文字通り馬の耳ですが、
東風はなぜ春風を指すようになったのでしょうか。

実は、

東風とは、暖かい春に吹く風で東から吹くので
東風が春の風の事を指すようになりました。

なるほどぉ!!

人の話を聞かないという意味は正解でしたね。

東風がなぜ春風を指すのかもわかりました。
この点で気象に関係ある言葉になりますね。

でも、他の意味はどこから来たのでしょうか。
語源を探れば何かわかるかもしれません。

では次は語源を探っていきましょう。

語源

馬耳東風の語源は以下のような語源になります。

出典は、李白の詩で
「答王十二寒夜独酌有懐」いう詩の一節が語源になります。
原文

原文は、次のようになります。

吟詩作賦北窓裏、萬言不直一杯水。
世人聞此皆掉頭、有如東風射馬耳。
書き下ろし

書き下ろし文は、次のようになります。

詩を吟(ぎん)じ賦(ふ)を作る 北窗(ほくそう)の裏、
萬言(ばんげん)直(あたい)せず、一杯の水。
世人此(こ)れを聞きて皆頭(こうべ)を掉(ふ)る、
東風の馬耳(ばじ)を射るが如(ごと)き有り。
現代語訳

現代語に訳すると、こうなります。

北に面した窓に寄りかかって、詩を吟じ、賦を作り、
多くの優れた言葉を連ねても、一杯の水にも値しないのだ。
というのも、世間の人々は詩や賦を聞いても
(そのすばらしさを理解できずに)頭を振り、
ちょうど馬の耳に東風が吹くのと同じように、
気にもとめられないのだ。

うーん。
チョット物悲しいというか、世間から認められていない
寂しさを感じます。

実際李白さんは、実力がありながら
認められなかったのかもしれません。

では、馬の耳に念仏とどう違うのでしょうか?

馬の耳に念仏との違い

馬の耳に念仏とは、

いくら説き聞かせても、何の効果ももないたとえ。

になります。

どちらも、周囲からの忠告の耳を貸さないという意味では
同じといえるでしょう。

しかしながら、馬耳東風は、受け流すという感じがします。
其処には、風があるのも感じてはいる。

でも馬の耳に念仏は、何を云っても効果がない。理解していない。
という意味が含まれています。

少し馬鹿にした表現ともいえます。

世間では、同義語となっていますが、
よく似た表現で類義語かもしれません。

でも少し違うところもあるんですね。
良くわかりました。

では次に、馬の耳に風という言葉は、どうなのでしょうか。

実はこの言葉が、二つの馬耳東風馬の耳に念仏に深く関わっていることが
解りました。

馬の耳に風

馬の耳に風とは、どういった言葉なのでしょうか。

意味は最初に出たもう一つ誰かが言っていた

元々は

聞き耳を馬は立てているから
情報に敏感でありなさい

という意味がかなり正解な言葉です。

実は、このような由来と意味でした。

馬の耳に風は、日本発祥のことわざで、
のちの聖徳太子である厩戸の王子が、

春の風が心地よい日に相場に乗って散策していた時に、
愛馬が跨っている主人に何かあってはいけないと
油断なく周囲に気を配りつつ耳をそばだてて歩んでいたと感じ
其処から馬は人間以上により多く情報を収集しているに違いないと思い
情報の重要性を「馬の耳に風」という事に
残したという事です。

おっとお!!

これも正解です!

ではなぜ逆の意味の類義語になったのでしょうか。

これは、
遣隋使とか遣唐使がその当時の中国に

馬の耳に風

という諺が日本にはあると伝えたものの

同じ馬の耳に風から派生してできた

馬の耳に念仏

という言葉と李白が書いた詩が
混同されてしまったからになります。

コワいですねぇ。

他にどんな類義語があるか見ていきましょう。

類義語

馬耳東風の類義語としては、

他にも

  • 豚に真珠(ぶたにしんじゅ)
  • 対牛弾琴(たいぎゅうだんきん)
  • などがあります。

    どちらも、動物に関係ありますね。

    では、どんな時に使えばよいのか
    例文を使ってみていきましょう。

    使い方

    まずは例文を見ていきましょう。

    ふみ子は顔を上げ、唇を固くむすんで沈黙をまもりつづけた。
    肯定するでもなく否定するでもなく、
    まるで馬耳東風とでもいうふうな無表情である。
    鮎川哲也『朱の絶筆』より引用

    こちらから何を言っても、
    すべて馬耳東風ですからね。
    あんなひと相手では、あなたも気骨が折れることでしょう。
    豊島与志雄『山吹の花』より引用

    では日常ではいかがでしょうか。

  • 彼はどんな批判も、馬耳東風といったように
    研究をつづけた。
  • あいつには、何を言っても馬耳東風だ。
  • という風に使います。

    いやぁ。

    なじみの深い言葉だけに色々解りました。

    簡単にまとめていきましょう。

    まとめ

    今回は、馬耳東風について調べてきました。

    語源は、李白の詩でしたが

    もとをたどると聖徳太子の言葉が、
    その大本となっていました。

    意味も解りましたが、李白がチョット世間に恨み言
    を言っていたことも解りましたね。

    類義語も多くありましたね。

    良く良く調べてみると、同じ語源でも意味が全く違うようになることも
    あるんですね。

    調べてみて驚きました。

    私も、世間の評判に一喜一憂せず、
    毀誉褒貶を顧みずに
    自分の道を歩んでいかなければと感じます。

    皆様の学びの参考になればありがたいです。

    最後までありがとうございました。

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