疑心暗鬼の意味?正しい使い方は?疑心暗鬼を生ずってどういう意味?由来もチェック!

疑心暗鬼ってよく聞きませんか?

こんな言葉が使われることがあります。

疑う心暗い所に鬼が出る?
鬼というのは昔ばなしに出てくる鬼退治の時の鬼のことでしょうか。

そもそも疑心って何に対する疑う心なのでしょうか。
それとも疑心暗鬼自体、通常とは少し違う意味があるのでしょうか。

暗い所はどこを指しているのでしょうか。

そして、疑心暗鬼とは元々はどんな話からできた言葉なのでしょうか。
よくよく考えてみると、色々と疑問は尽きません。

ということで今回は、疑心暗鬼の詳しい意味や、正しい使い方についてまとめました。

先ずは由来から見ていきましょう。

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由来

まず疑心暗鬼の前の二文字、疑心って何なのでしょうか。

疑心

疑心暗鬼疑心とは仏教からの言葉で、六根本煩悩(6つの根本的な煩悩と言われています)のうちの一つ。

疑う心、仏教の心理に対して迷い疑う心を表しています。

ついでに、残り5つの煩悩についてもみていきましょう。

(とん)と読み、 むさぼる心を言い、自分の好きなことに執着したり、欲張る事を表し

(しん)と読み、怒りの心を表して腹を立てたり、自分の嫌いなものに反発したりする心を言います。

(ち)と読み、愚痴の心を表しています。これは、道理をわきまえない愚かな心を言います。

仏教では、この三つを三毒と言い、人間にとって最大の敵とも言っています。

あと二つは

慢(まん)と読み、仏教では7つに分けて7慢とあります。(長くなるのでここでは割愛します。)

簡単には他を侮り、自ら驕り高ぶる心を言い、

悪見(あくけん)と読み、他の煩悩の原因を発し、物事の心理から自分の都合のいいように、真理を誤った見方をすることを言います。

なるほどって感じですよね。

仏教の教えからきた言葉だったのですね。

意味

疑心暗鬼の意味を見ていきましょう。

疑心があるとなんでもない事でも怖いと思ったり、あらぬ妄想にとらわれてしまったりする事を言います。

暗鬼とは、暗闇の中の亡霊を表していて、疑う心があると、何でもない普通の所でも居もしない暗闇の亡霊がいるように思えてしまう、という意味から来ています。

昼間どうってことない通りでも、怖いと思ってしまうと物陰に幽霊がいるように見えたり、人の好意も疑ってみると、利用しているのではと変に勘ぐったりする

事ってありませんか?

そんなことも疑心暗鬼の状態ともいえますよね。

そんな疑心暗鬼は、本当は、「疑心暗鬼を生ず」の略語です。

疑心暗鬼を生ずの由来

この言葉の由来は、昔の中国の瞑想家の列子という方が説符という書の中での話の中で紹介された故事が由来になっています。

その話とは、

昔斧をなくした男が、近所の人を斧を盗んだのではと疑いその疑いの心のままよく見ると、顔つきも、話し方も全て泥棒のように見えてきたが、斧が見つかり、もう一度疑わしいと思っていた人を見直すと、そんな事をする人には見えず以前と同じように見えた。

という故事から来ています。

用例。使い方

その後、四組の生徒に話を聞いてみたがどれも結果は同じだった。 彼女達は誰もが疑心暗鬼になっていて、それぞれの部屋に籠もっている。 それは何かを待っているようにもとれる閉じ籠もり方で、そのくせロをそろえて家に帰りたい、と呟くのだ。 奈須きのこ『空の境界 (下)』より引用

完全な末期症状で、心の中は疑心暗鬼と被害妄想でいっぱいのはず。 突然現れたスタッフたちが、自分を殺そうとしているように見えるのかもしれない。 竜騎士07『ひぐらしのなく頃に 08 祭囃し編かけら&TIPS』より引用

等とも使われています。

後は、本当にあの人は僕のことワオ考えてくれての行動なのだろうかと、疑心暗鬼になった。

妹が僕のバナナをとったのではと疑心暗鬼になった。

なんて使い方もありますね。

まとめ

元々疑心暗鬼とは、疑心暗鬼を生ずってことわざから来ているのが解りました。

又、仏教の教えに由来することわざでもあり、いろんな深い意味が短い言葉の中に

含まれていることを確認できましたね。

普段の生活でも疑う心がある事自体は、何らいけないことではないでしょうけれども

それにとらわれたりすると、人相も悪く見えてくるてこともあるのは驚きですね。

でも、最近捕まった芸能人もニュースとかで見ちゃうと悪くみえるのは、

果たして心のせいだけなのでしょうか...。

考えてしまいます。

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